ドキュメンタリー映画『AGANAI 地下鉄サリン事件と私』を見てきた。

ドキュメンタリー映画『AGANAI 地下鉄サリン事件と私』を見てきた。
  • 1995年に地下鉄サリン事件を引き起こしたオウム真理教(現Aleph)。その広報部長としてメディアにもたびたび露出していた荒木浩氏を追ったドキュメンタリー映画『AGANAI 地下鉄サリン事件と私』を観てきました。
  • 題材や被写体は(語弊を恐れずに言えば)十分に魅力的だと思うのですが、今ひとつモヤモヤ感の残る映画でした。

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When(鑑賞時期)

2021年・3月末。

Where(鑑賞場所)

渋谷にあるミニシアター、シアター・イメージフォーラムで観てきました。↓
(初めて訪問しました)

Outline(概略)

イメージフォーラムさんのサイトから、作品情報を転載します。↓

1995年3月20日、あの朝、私はそこにいた。未曾有のテロ、地下鉄サリン事件。被害者の映画監督が、今なお活動を続けるオウム真理教(現Aleph)の広報部長と20年の時を経て対話の旅に出る。海外の映画祭で話題になった衝撃のドキュメンタリー。

1995年、オウム真理教が引き起こし日本中を震撼させた地下鉄サリン事件。通勤途中で被害にあった本作監督さかはらあつしは、事件から20年の時を経てAleph(オウム真理教の後継団体)の広報部長・荒木浩と対峙する。さかはらと荒木は、ともに所縁の地を訪ねる旅に出て、対話を繰り返す。凄惨な事件後もなお信者でありつづける心のありようとは何か。人を救うのではなく苦しめる宗教とは?監督は友人を諭すように、荒木に接し、その心の内に迫ろうとする。事件により人生を狂わされ、未だに精神的・肉体的な苦しみを抱える被害者。その「被害者」が「加害者」にカメラを向ける。ここでは「客観性」や「中立性」を掲げる「ドキュメンタリーの常識」は通用しない。この対峙の先に見える「真実」とは?

〈地下鉄サリン事件とは〉1995年3月20日の通勤時間帯に、オウム真理教の幹部たちが東京・霞ヶ関駅を通過する3つの地下鉄路線を走る5つの車両に、猛毒の化学兵器・サリンを一斉散布。死者14人(重度の後遺症で寝たきりとなっていた女性が2020年3月に亡くなった)、負傷者6000人余り。

監督:さかはらあつし/プロデューサー:阪原淳、松尾悦子、陳穗珠/撮影:山田達也、高嶋正人/編集:渡辺純子/録音:落合諒磨/音楽:SOULCOLOR

製作・配給:Good People

出演:荒木浩、阪原武司、阪原多嘉子、さかはらあつし

2020年/日本/114分/カラー/DCP/英題: Me and the Cult Leader

英語字幕付き/English subtitled version

2021年3月20日(土)より公開

http://www.imageforum.co.jp/theatre/

Highlights(見どころ)

荒木広報部長を追うドキュメンタリー映画やテレビ番組はこれまでにもいくつかあったと思いますが、本作の最大の特徴・見どころは「監督自身が電通社員時代に地下鉄サリン事件に遭遇した被害者であること」「その監督が、荒木広報部長を口説いて、二人の思い出の地・京都府に一緒に旅をする」「そして地下鉄サリン事件から20年を迎えた日、一緒に東京メトロ霞ヶ関駅へ献花に向かう」というあたりです。

オウムに殺されかけた人間と、そのオウムの後継団体の幹部が、一緒に新幹線や在来線を乗り継ぎ、川で石投げに興じ、一緒に食事をし、イヤホンを片方ずつ分けて音楽を聴き、共通の出身校(京都大学)に立ち寄ったり、監督の両親に荒木氏を引き合わせたりしながら、「あの事件をどう思っているのか? なぜあの事件が起きたのか? 被害者についての思いは? なぜ今も信者でいられるのか?」などの問いを荒木氏にぶつけていく、というような構成で、“究極のでこぼこコンビによる、一風変わったロードムービー”といった趣もあるかと思います。

Photo(写真)

ということで、記録写真などを。

外観が特徴的なイメージフォーラムに到着。
正面入口に接近。
掲示されていた作品ポスター。リアルタイムでニュースに接した私としては「地下鉄サリン事件」の文字を見ると、今でもちょっとドキッとします。
ロビーに貼られていた、本作の紹介記事。やはり「被害者自身が監督で、幹部と対話する映画」というあたりが注目されているようです。

Impression(感想)

監督さんと旅をし、被害者の親の気持ちを直接聞いたりする中で、荒木氏自身も「親への思い、祖母の記憶とともに蘇る郷愁」に浸りながら「今もオウム信者である自分」と深く向き合っている感じはよく捉えられていたように思います。

しかし、今のところ“改心する”ことはないようですし、現Alephを解散させる気もなさそうでした。

若干ネタバレになるかもしれませんが、結局荒木氏は「事件を重く受け止め、犠牲者への哀悼や追悼」みたいなことは口にしても「謝罪」することはなかったので、あぁ、何があっても教祖への帰依は変わらないんだなぁ、という絶望にも似たモヤモヤとした印象を持ったのが正直なところです。

はたから見れば「麻原のようなオッサンに、どうしてそれほど心酔できるの? それが洗脳の怖いところなのか?」などの疑問が湧くところなのですが、少なくとも本作品内の荒木氏の言動を見る限り、そこを明確に言語で語れるような根拠とか理由とかは、(もはや彼は)持っていないんじゃないかという気すらしてきました。

まぁ、何でもかんでも「言葉で説明できる」とは思いませんが、自分の思想信念の一番根っこの部分なので、「たとえ不十分でも、言葉を尽くして説明を試みる。せめて“なぜうまく説明できないのか”ぐらいだけでも誠実に話す(努力をする)」とかは、やってくれてもバチは当たらないと思うのですが。

そう考えると、「もはや彼のオウム真理教(アレフ)に対する信心や関連行動は、単に惰性でやってるだけなんじゃないのか?」という疑いを持ったりもします。
おそらく荒木氏本人は強く否定すると思いますが、であれば、もう少し分かりやすくご説明いただきたいものです。(なんたって広報部長なのですから)

 

それからもう一つ、あえて残念な点を挙げるとすれば、声を録音するシチュエーション(電車内でのインタビューが多い)が影響したのか、はたまた機材面や録音技術の問題なのか、とにかく荒木氏の声が聞き取りにくいこと、この上ありませんでした。

わりと明瞭でしかも甲高い声の監督からの問いに対して、かなりの間を取りながら小声でボソボソと話す荒木氏の声は、ハッキリ言って字幕が必要なレベルだと思います。(ここもモヤモヤさせられた点ではあります)

本作品は海外での上映も想定しているらしく(実際に映画祭に出品されてるようです)、全編において英語字幕が表示されていましたが、日本国内での上映に際しては、ぜひ日本語字幕の表示をご検討いただければ幸いです。
(耳に全神経を集中させて聞こうとすると、今度は監督の甲高い声が耳に障りますし、しょうがないので途中から英語字幕も読みながら聞きづらい荒木氏発言を意訳してみたりもしたので、正直、目も耳も脳みそも、必要以上に酷使させられてしまった感があります)

そんなわけで、良くも悪くもモヤモヤさせられたドキュメンタリー映画でした。

Link(関連サイト)

AGANAI 地下鉄サリン事件と私」の公式サイト。↓

AGANAI 地下鉄サリン事件と私
ドキュメンタリー映画「AGANAI 地下鉄サリン事件と私」の公式サイト。

本作の予告編。↓

鑑賞してきたシアター・イメージフォーラムの公式サイト。↓

シアター・イメージフォーラム
東京・渋谷にある映画、映像アートの総合施設。映像制作のワークショップ(1年制)、ミニシアター、映画祭、書籍、ビデオレーベルなど最新の情報を満載。

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