- 昨年末の「第75回NHK紅白歌合戦」でのMISIAさん&矢野顕子さんの共演が素晴らしかったのは、前回投稿した通りです。
- で、今年はNHKが1925年にラジオ放送を始めてから100年(すなわち放送100年)という節目の年でもあります。
- ということで、矢野さんとNHKの出会い・接点・黎明を探るべく、先日ようやく重い腰を上げてNHK放送博物館に行ってきました。
- 「なぜ放送博物館なのか」については追ってご説明します。
経緯
矢野さんの過去のコンサートパンフレットや雑誌インタビュー、さらにはNHKアーカイブスやWikipediaなどの情報を総合すると、おおよそ以下のような歴史があるようです。
- 1970年代のNHKでは、(少なくともポップス系の音楽演奏で)出演するためには「軽音楽オーディション」に合格する必要があった。
- 矢野さんはそのオーディションに何度か参加した。
- 1974年にレコードデビューしたバンド(ザリバといいます)として参加した時は合格。
(オーディション時期は不明ながら、1974年のデビュー前後と考えるのが自然でしょう。ちなみに、このバンドのデビューシングルは筒美京平さん作曲の「或る日」。アレンジャーは矢野さんの最初の夫である矢野誠さん。このシングル1枚でバンドは即解散) - 1976年7月25日、矢野さんはソロミュージシャンとしてのデビュー・アルバム「JAPANESE GIRL」を発表。
日本民謡のほか、藤山一郎さんの名曲「丘を越えて」などを矢野さん流にアレンジしたカバー曲なども収録。 - 1977年(「の初め頃だったか」と本人談)、ソロミュージシャンとしてNHKのオーディションに参加し直したものの「にべもなく落とされた。非常に傷ついた」。
(1987年のコンサートパンフレットに掲載された本人インタビューによると「『丘を越えて』をやったらなんだこりゃ?って落とされました」とのこと) - 1977年4月4日、2回目のオーディション参加し、合格。
前述のパンフレットインタビューによると「2回目は根回しがうまくいってね、第2次審査の時は藤山一郎さんが、けっこうほめてたよ」とのこと。 - 1977年4月より1年間、NHKのAMラジオ番組「若いこだま」のラジオパーソナリティを担当。
- 同じく1977年の4月24日、教育テレビ(現Eテレ)の「若い広場」にて、『矢野顕子の世界』という1時間のノーナレドキュメンタリーが放送される。
この番組内で、当時のライブ映像のほか、2回目のオーディションシーンが流れる。 - これまた1977年。8月8日〜8月19日にかけて、総合テレビの「銀河テレビ小説」の枠で『夏草の輝き』が放送。
脚本は山田太一さん。そして音楽は、主題歌だけでなく、なんと劇伴も含め矢野さんが担当。
ということで、1977年の初めに参加したソロオーディションで落とされ、同年4月24日にはドキュメンタリー番組が(2回目オーディションシーンを含む形で)放送されたわけなので、この間のどこかで矢野さんは無事NHKのお眼鏡にかない、同局に出演できるようになったというわけですね。めでたしめでたし。
で、上記番組のうち、ドキュメンタリーの「若い広場」、そしてドラマ「夏草の輝き」がNHK放送博物館の番組公開ライブラリーで閲覧視聴できることを知り、見に行ったという次第です。
NHK放送博物館について
場所はこちら。東京港区の愛宕山にあります。かつてはここからNHKのラジオ放送が行われていたそうです。
現在の外観。
愛宕山の周辺には高層ビルが林立していて、「高台」という雰囲気はなくなってます。
(もともと「山」と言えども標高は25.7mしかないそうです)
館内3階から4階のライブラリーに向かう階段の案内表示。
ライブラリーの利用は1日1回、2時間まで。なお、入館・ライブラリー利用ともに無料です。
と、ここまで紹介しておいて今さら言うのもなんですが、この番組公開ライブラリーは、さる3月30日をもって運営終了となりました。
私もその情報を事前にキャッチしたからこそ、終了前に慌てて訪問したというわけでして。
番組公開ライブラリーのサービスは、これまではこの博物館のほか、全国各地のNHK放送局でも実施されていたようですが、今後は埼玉県川口市にあるNHKアーカイブスだけでの運営になるそうです。残念。
参考情報
過去のNHKテレビ放送の確定番組を検索できるアーカイブスページでの「矢野顕子 若い広場」検索結果。↓
(本放送が1977年4月24日(日)、22:30〜23:30の1時間番組だったことがわかります)

同じくアーカイブスページでの「矢野顕子 夏草の輝き」検索結果。↓
(本放送が1977年8月8日〜8月19日だったことがわかります)

NHK人物録の「矢野顕子」ページ。↓
(なんと例の「若い広場」のオーディションシーンの一部が動画で見られます!)

NHK番組発掘プロジェクトの「矢野顕子さんの世界が詰まった『若い広場』」特集ページ。↓
(あのドキュメンタリーの内容をテキストと静止画面でダイジェスト紹介してくれています。私もこれを見て「動画も見る!」と奮い立ち、放送博物館へと向かったわけです)

ドラマ「夏草の輝き」の1977年8月8日・第1回のダイジェスト動画。↓
(矢野さんが歌う主題歌「HELLO THERE」が聴けます。ちなみにこの初回放送に先立つこと3日前の8月5日には、同曲が別バージョンでシングル発売されています。今どき流のタイアップっぽいこともやってたんですねー)

NHK番組公開ライブラリーの番組検索ページ。↓
(ここで「矢野顕子」を検索すると、例のドキュメンタリー「若い広場」、ドラマ「夏草の輝き」7回分、そして「みんなのうた『くまんばちがとんできた』」の合計9本がヒットします(2025年4月現在)。というか、たった9本…。ケチくさ…。その上、これらをフルで見たい方は、今となっては川口市に行くしかありません)
ライブラリーでフルバージョンを見た感想など
まずドラマ「夏草の輝き」ですが、主題歌の「HELLO THERE」だけかと思ったら、前述の通り、なんと劇伴まで矢野さんが担当されていたのに驚かされました。
視聴ブースの利用時間制限があったので最終回しか見ていませんが、シーンごとに異なる劇伴音楽がしっかり付けられていたのが印象的でした。
ドラマ主題歌バージョンの「HELLO THERE」と同じ楽器構成で演奏された音楽が、このドラマの世界観とマッチしていたかどうかはともかく、NHKでの仕事を許されてからラジオパーソナリティ(しかも1年間)、ドキュメンタリー番組での対談パート収録、そしてドラマの劇伴まで担当したわけですから、この1977年は矢野さんがNHKと関わり始めた記念すべき年だったのでしょうし、さぞや矢野さんは忙しかったんじゃないかと想像しま す。
そしてドキュメンタリー「若い広場・矢野顕子の世界」のほうですが、この全編を動画で見てみて、いろんな感慨がよぎりました。例えば…
- 当時22歳の矢野さんの、ちょっと怖いほどのトンガリっぷり。w
- 新宿にあった東京厚生年金会館 小ホール(小があったとは知らなかった…)でのライブ映像。ここで「サイコ・サイコ」という曲が演奏されていました。
私はファン歴かれこれ40年以上になりますが、恥ずかしながら初めて聴きました。こんな曲があったとは。 - 例の軽音楽オーディションに参加した際のNHK局内の様子。とにかくどこもかしこも喫煙者だらけ。矢野さんも例外ではなかったです。
- そしてオーディションには当時の夫・矢野誠さんだけでなく、「ベビーシッターの都合がつかなかった」という事情で息子の風太くん(当時2歳)も連れてきていました。(名前もしっかりテロップ表示)
ワーキングマザーのはしりかも。 - 人通りの多い局内の廊下で(人目もはばからずに)片足を高く振り上げ、そこを風太くんにくぐらせるなどしてあやす矢野さん。そして風太くんの隣でもタバコをふかす矢野さん。いやー、時代ですねぇ。
- 藤山一郎さん当人がオーディション審査員として鎮座する前で、大胆にアレンジした『丘を越えて』を「世界に誇る名曲」と称して披露した矢野さん。肝が据わってるというか不敵というか。
- 私は当初、「審査員(藤山さん)の歓心を得ようとして彼の持ち歌である『丘を越えて』を披露して合格 → 記念すべき曲になったのでデビューアルバムにも収録」という流れを想像したのですが、デビューアルバムのリリースはオーディションよりも前ですし、不合格だった1回目のソロオーディションでもこの歌を歌ったそうなので、ちょっと順序の認識が違っていたようです。
- 時系列を正確にふまえると、「アルバムの収録曲『丘を越えて』を引っ提げて1回目のオーディションに臨んだものの、あえなく不合格(おそらくこの時は藤山氏は不在) → 2回目は藤山氏当人が審査員として出席(このあたりが矢野さんのいう「根回し」なのかも)し、改めてオリジナル歌唱者本人にも聴いてもらい、ご本人から高評価をもらう → そして見事合格 → 藤山さん本人がこんなに褒めてるんだからというお墨付きも獲得し、(レコード会社などの)思惑通りにラジオパーソナリティに就任 → その後はドラマの音楽も担当」という流れだったんじゃないかと思います。
- つまり、「オーディションを通過したい一心で、審査員の藤山一郎に媚びるべく彼の代表曲を歌った」のではなく、「こんなに斬新なアレンジの『丘を越えて』を歌うミュージシャンの凄さを、どうしてNHK局員は分からないわけ? お役所体質・事なかれ主義丸出しじゃん! 2回目は藤山さんにも直接聴いてもらってよ! 本人なら絶対分かってくれるから!」と矢野さん側(あるいはレコード会社側)から猛アピールしたんじゃないかということです。
もしくは若手局員の中に「この才能あるミュージシャンをぜひともNHKに出したい。しかしこのままだと1回目と同様に不合格になりかねない。かくなる上は、頭の固い局のお偉方ばかりじゃなく、特別審査員(とか審査員長)として藤山さん本人にも参加してもらおう! ご本人なら絶対に矢野の良さを分かってくれるはず!」と画策した人がいたのかもしれません。
まぁ、妄想ですけど。 - とは言いつつ、ドキュメンタリー内のインタビューで矢野さんを高く評価するコメントを出していた藤山さんですが、実際に歌を聴いている時には、とても複雑な表情をなさっていました。
「なんだこれ? これがホントに俺の持ち歌の『丘を越えて』なのか? どう評価すればいいんだ? 彼女、1回目も『丘を越えて』を歌って落とされて、これが2回目のチャレンジなんだろ? しかも今回はダンナだけじゃなく子連れで来てるらしいじゃん? オーディションに2歳の子供なんて連れてくるか、普通? おいおいどうするよ? そろそろ合格させといたほうがいいんじゃねーのか? 今回も落としたら、あとが怖えーだろ? そもそもこいつ、酔っ払ってんじゃねーの?」みたいなお気持ちだったのかも。
(さすがにこれはちょっと妄想が過ぎますね。。。w) - そして私が最も感慨深かったのは、このオーディション会場が、壁の凸凹構造から見てNHK局内の509スタジオに違いないということです。
509スタジオといえば、矢野さんの前夫である坂本龍一さんが生前最後のレコーディングコンサートを収録したスタジオなわけです。
つまり、NHKで最も広い録音スタジオである509スタジオは、矢野さん&NHKのその後に長く続く関係が始まった最初の場所であり、かつ坂本さんの最後の演奏を余すところなく収録した場所でもあるということで、縁は奇なもの味なもの といった感じがします。
そんなわけで、放送博物館からは番組公開ライブラリー施設はなくなったものの、博物館機能自体は絶賛継続中ですので、ぜひ行ってみてはいかがでしょう。
さらに、「若い広場・矢野顕子の世界」をフル動画視聴されたい方は、川口のNHKアーカイブス内の番組公開ライブラリーへどうぞ。(ここ1か所だけでなく、以前のように各地の放送局でも復活公開してほしいものです)
Link(関連サイト)
- NHK放送博物館の公式ページ。

- NHKアーカイブスの総合案内ページ。

- NHKアーカイブス(川口)の施設紹介ページ。
- 矢野顕子さんの公式サイト。

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